B☆らぼ

知っている、から、理解できた、へ。理解できた、から、できる、へ。ビジネス知識からパフォーマンスへの橋渡し

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『思考停止ワード44』(博報堂ブランドデザイン著、アスキー 新書)その2

 さて、私は、この本に対して切り口以外は辛らつな評価を下しています。その理由を述べるのがこの回です。

 

 

 コミュニケーションはとても難しい

 

 少し大くくりの話から始めると、コミュニケーションは難しいものです。同じ日本語を母国語にする者同士でも、ことばが通じないことは決して少なくありません。このコミュニケーションの難しさを、簡単化して説明すると、次のようになるでしょう。

 

 目の前の状況(事実、という言葉は色々と負荷の大きいことばなので避けます)を丹念に描写する文は、比較的理解を得やすい―――私は左手を上げた、右手を下げた・・・等。ところが、個別具体的な文を取りまとめるような文にすると、途端に理解が難しくなる―――私は、儲けの仕組みが必要だと考えている、ビジネスには思考停止ワードがある、等。当たり前のことですが、「仕組み」と言われても何を指しているのか全然分かりません。ひどい場合だと、話し手や書き手のまとまった文章を通読しても結局何を言っているのかが分からない場合があります。「思考停止ワード」についても、ワードが何を指しているのかということは44の言葉だと理解できますが、思考停止というのがどのような状況かは本の内容を参照しなければ分かりません。

 

抽象的なことばのメリットとデメリット

 しかし、仮に抽象的な概念を全く使わなかったとしたら、文章は長くて読みにくいものになってしまうでしょう。ですから、抽象的なことばを用いる時には、メッセージや意味を縮約するメリットを十分に活かしながら、定義や説明をうまく利用してコミュニケーションを図ることが要求されます。

 

 たとえば、わが社は最高の商品作りを目指します、という表現は、どの会社が使っても大丈夫そうなくらい抽象的です。なぜなら、「最高」は何と比べてなのか、「商品」とは何のことなのか、「目指します」というのはどれくらい本気のことばなのか、ということが一切分からないからです。

 

 経営者が上掲したような抽象的で無内容なことばを口にすると、伝言ゲームが生まれます。スタッフは、最高、ということばを好き勝手に解釈するわけです。自分たちの商品が同業他社と比べて決して優れているわけではないということがうすうすわかっている営業の立場なら、「営業活動において最高に努力することだ」という解釈をするかもしれません。しかし、「努力」ということばはいかようにも解釈できますし、測定が難しいので、「忙しいポーズ」を意味してしまうかもしれません。成果を上げることは難しく、偶然性も左右します。しかし、残業は自分の意思でコントロールすることができるため、ポーズとして残業をするという選択肢が選ばれる可能性もあります。とすると、「わが社は最高の商品作りを目指します」というメッセージが、できそこないの伝言ゲームの結果、個人の営業マンの残業につながった、などという笑い話も考えられます。これはあくまでも作り話ですが、よく似た話なら幾度となく目にしたことがあります。

 

ビジネスコミュニケーションにおける大きな課題

 ことばがきちんと伝わるためには、特に、そのことばが抽象的だったり、個人のイメージによって大幅に解釈が変わるような曖昧なものであれば、背景知識が必要となります。ですから、ことばを伝えるために、どのようにして背景情報を伝えていくか、ということがキーになります。

 

この『思考停止ワード44』に登場する、キーワードはふわふわしたことばです。上で挙げたような混乱をビジネスの現場で引き起こしかねない概念群です。ですから、そもそも思考停止以前にこれらのキーワードを利用すると、本当に伝えたいことが伝わらなくなるという害が発生しかねないわけです。

 

ところが、この本のスタンスは企業における概念やことばの交通整理といったレベルを飛び越えて、思考停止ワードに別のバズワードをくっつけて「どや?」と締める始末。あとがきなどは、その「どや?」スタンスで頭が痛くなるほど馬鹿馬鹿しい文章が掲載されています。

 

 

 企業における言語的なコミュニケーションをどう制御し、どう促進していくか、という大きな問題の手前で、アクロバットをした結果、盛大にこけて、体を張った割には笑えないギャグといった香りを漂わせる本書。では、私ならどういう風に考えるか、ということを上記の大方針に基づきながら、いくつか試してみたいと思います。